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【松田公太】“逆”をやってみる!?現場主義から導き出した“成功への哲学”とは!?

更新日:

こんばんは、akiraです。

今の日本では起業し成功する事は、かなり難しいと言われている。

自分の好きなことで起業するのは無謀なのだろうか?

そんな考えを払拭してくれる人物をご紹介しよう。

それは、独自の考え方で成功してきた『タリーズコーヒー』の創業者

【松田公太】である。

現在、日本には多くのコーヒーショップが存在する。

スターバックス、ドトール、コメダ珈琲etc・・・。

そんな中、『タリーズコーヒー』はどうして躍進して来れたのか?

そして今尚その勢いは留まることを知らないのか?

そんな『タリーズコーヒー』の礎を築いてきた創業者の【松田公太】の秘密についてお話しよう。

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異色の経歴!?【松田公太】驚きの資産とその活躍とは!?

『松田公太』という名前を聞いて、皆さんはどんな人を思い浮かべるだろうか。

政治に興味がある方なら、彼が参議院議員で活躍していたのが記憶に新しいと思う。

『日本を元気にする会』代表などを歴任してきた松田公太。

そんな彼の経歴をご紹介しよう。

出典https://ja.wikipedia.org/wiki/

【松田公太】

・生まれ:1968年12月3日(51歳)

・出身地:宮城県

・学歴:筑波大学国際関係学類卒業

・肩書:政治家、実業家

松田公太は1968年に宮城県で生まれ、幼少期は東京で過ごした。

水産会社に務める父の転勤で、彼が5歳の頃セネガルへ移住。

10歳の頃、日本に帰国するが、その後高校卒業までをアメリカで過ごす。

中学・高校とサッカー部に所属。州大会で2度の優勝経験を持つ。

その後、帰国した松田公太は筑波大学国際関係学類に進学。

大学卒業後の1990年、彼は三和銀行(現在の三菱UFJ銀行)へ入行。

更に、1996年『タリーズコーヒー』を日本で伝え広める為、三和銀行を退行。

2010年には政治の世界に参入。

2012年「みんなの党」の東京都総支部長に就任。

2014年「みんなの党」が解散された後も、『日本を元気にする会』を結成し代表として活躍した。

 

『タリーズコーヒージャパン創業者』の松田公太

松田公太は『タリーズコーヒージャパン株式会社』の創業者だ。

2005年には約300店舗のネットワークを持つまでに成長したタリーズコーヒー。2019年現在、その店舗数は700店舗を超えている。

そんな現在のタリーズコーヒーの経営理念は以下の通りである。

経営理念

一杯のコーヒーを通じて、「お客様」、「フェロー」、「社会」に新しい価値を創造し、共に成長する。

一、 その一杯に心を込める
一、 お客様の期待を超越する
一、 地域社会に根ざしたコミュニティーカフェとなる
一、 最高の仕事が経験できて、一人一人の可能性が広がる職場をつくる
一、 子ども達や青少年の成長を促すために、夢や目標のお手伝いをする

運営ポリシー

5つの最高

1. 最高の豆!
2. 最高の焙煎!
3. 最高のバリスタ!
4. 最高のホスピタリティ!
5. そして最高の・・・!
5つめの最高は、フェロー(従業員)一人一人が毎日目標を立て、最高の何かをご提供するように努めます。

出典https://www.tullys.co.jp/company/policy.html

上記の理念を元に、現在も躍進を続けるタリーズコーヒー。

そんなタリーズコーヒーが設立された背景を見ていく事にしよう。

 

アフリカで育った!?松田公太の“食”への探究心とは!?

なぜ彼が『タリーズコーヒージャパン株式会社』を創業したのか。

それは彼が育ってきた環境が大きく影響している。

松田公太は生まれて5歳までは日本で暮らしていた。

しかし、彼の父親の仕事の関係で高校を卒業するまで程んど海外生活だったという。最初の約5年をアフリカで、その後の約7年とアメリカで過ごした松田公太。

物心がつく前に海外生活になった彼は日本語を知らずに育った。

しかし、その中で自分の気持はいつも日本に向いていたという。

食文化はその国々で違いうものだ。

5歳まで日本で育った彼は、日本の食べ物が恋しくてしょうがなかったと語っている。

日本の食文化に関して、初めは海外の人達に受け入れられなかったものも多い。

例えば、最近でこそ世界中に広まって好まれている“寿司”。当時は「生の魚を食す」こと自体、海外の人達からは信じられず受け入れられなかった。

「生の魚を食す」ことを馬鹿にされて育った松田公太。

悔しいという想いと同時に、『こんなに美味しい寿司や刺身という日本食を逆に食べてもらいたい』という気持ちが強くなっていく。

そんな経験があったからこそ、将来は“食”を通じて色々な仕事がしたいと考えるようになっていった。

 

スペシャルティコーヒーとの出会い!松田公太の挑戦!

銀行に勤務していた頃、高校時代の後輩の結婚式に呼ばれてボストンへ行った松田公太。そこで衝撃的な出会いを果たす。

それは『スペシャルティコーヒー』との出会いである。

彼は元々、コーヒーよりも紅茶を好んで飲んでいた。

しかしボストンで飲んだコーヒーの味は格別で、感動さえ覚えたという。

日本に帰国した彼は、そのコーヒーの味が忘れられず、スペシャルティコーヒーの本場であるシアトルに飛んだ。

数々のコーヒーショップを巡り、その中で一番美味しいと確信したのが『タリーズコーヒー』だったという。

その後、タリーズコーヒーの日本での出店計画を何度もレポートにし、シアトルのタリーズ本社にメールで送っていた松田公太。

全く発展しない事にしびれを切らし、彼は本社に電話をかけた。

なんとその時、たまたまタリーズの代表「トム・オキーフ」が来日している事を知り、東京の帝国ホテルに宿泊している事を知った松田公太。

すぐさま直談判に向かい、2時間かけてタリーズを日本で成功させるプランをプレゼンした。

そして、何と日本で初めてタリーズコーヒーの権利獲得を実現。

その後、約7000万円もの借金をし、東京都の銀座4丁目のビル1階と地下1階でタリーズコーヒー日本1号店を開業した。

松田公太は自身の信念に基づき、すぐさま『行動』した。

この『決断の速さ』『行動力』が、今の彼の活躍を物語っている事は間違いない。

 

海外拠点をシンガポールに!?知られざる真相とは!?

順調に業績を伸ばしていく『タリーズコーヒー』。

そんな中、世界への進出も視野に入れていた松田公太。

彼はタリーズコーヒーの海外拠点をシンガポールに決める。

シンガポールは世界有数の都市国家としても有名で、複数民族国家でもある。

日本のファーストフード点も多く参入しており、“食”のビジネスにおいては格好の試金石となる都市だ。

シンガポールを拠点に置いた松田公太は次のように語る。

「シンガポールは色々な種族の方が集まって生活をしている。また様々な宗教の方々がいる。色々な方々が集まっているのにも関わらず、非常に上手く回っている国。それがシンガポールだ。様々な宗教の方がシンガポールでタリーズのコーヒーを経験されていて、その人達が周辺諸国に持って行きやすい。そういった意味でのテストマーケティング的な意味もあり、シンガポールは最高な場所だ。」と。

シンガポールを皮切りに世界各国に店舗を増やしていく戦略が彼にはあったのだ。

 

松田公太の資産額とは!?

そんな松田公太だが、2010年には政治の世界へ参入している。

2012年には「みんなの党」の東京都総支部長に就任。

その後、『日本を元気にする会』を結成し代表兼幹事長に就任し活躍した松田公太。

日本の元プロレスラー「燃える闘魂」で有名な『アントニオ猪木』を党内に加えて日本の政治を改革しようと行動したひとりが、その人松田公太である。

企業のトップでもありながら、政治家に転向した松田公太の資産とは一体どれ程のものだったのだろうか?

2011年の衆議院議員の公開資産では、松田公太は堂々の第一位を獲得している。

その年、第二位だった小泉昭男を大きく突き放す「4億8千万円」

4億を超えたのは2002年の『大橋巨泉』以来だったという。

起業家としての経験を武器に、政界でも活躍をしてきた松田公太。

そんな彼の真相について追求していこう。

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【松田公太】ターニングポイント!“5”という数字の真相とは!

出典https://saitomo0908.com/seijika/7534/

松田公太に関わる数字は“5”である。

一体何の数字なのだろうか?

皆さんは『ターニングポイント』という言葉を知っているだろうか。

『ターニングポイント』とは、人生における重大な転換期の事である。

松田公太は「5年おきに大きな目標を設定して人生を歩んで来た」と話す。

キリの良い数字でもあり、目標を設定してチャレンジする丁度良い期間だと思っていて、“5”という数字を常に頭において頑張っているという松田公太。

彼の著書のひとつに『仕事は5年で辞めなさい』というものもある程だ。

松田公太は、『期間を決めて』頑張ることの大切さを説いている。

人によってキリの良い期間は違うだろう。

しかし、いずれにせよ『期間を決める』事は大切で、それがないと集中して頑張れないし、いつまで経っても成果はでない。

その事を改めて思い出させてくれた彼に感謝したい。

人はどうしても自分に甘くなる生き物だ。

『強い信念』『期間を決める』事で、自分が達成したい目的に向かって日々進んで行けるのだと、私は改めて確信したのである。

 

現場主義!松田公太が大切にしている思いとは?

出典https://twitter.com/matsudakouta

タリーズコーヒー1号店が開店した当初、彼は朝7時~夜11まで自ら店頭に立ち、バリスタとしてコーヒーを作り続けた。店の床に寝袋を敷いて寝る事も多々あったという。

フェローとの関係を大切にする松田公太

松田公太は従業員(役員や社員やアルバイト)を“フェロー”と呼んでいる。“フェロー”とは『仲間』という意味合いの言葉で、皆と共に店を作り上げていく過程が楽しかったと話す。

自分が目指しているビジョンを毎日語り、フェローの考えている事にも耳を傾け、お互いのコミュニケーション常に大切にしていた松田公太。そのような働きかけがあったからこそ、フェロー達は彼の想いに共鳴し、働く事が楽しくなり、頑張ろうと思える。そんな、事業に対しての“情熱”がとても大切だと彼は語っている。

 

『エッグスンシングス』で学んだ現場主義!

『エッグスンシングス』の代表でもある松田公太。

エッグスンシングスは1974年にハワイで誕生したカジュアルレストラン。

パンケーキやオムレツなど美味しいメニューが豊富で、ハワイを訪れる観光客や地元の人からも人気の店である。

日本には2010年に原宿店がオープン。行列ができる程の人気で、現在はと京、神奈川、大阪、京都、福岡など各地にも出店している。日本の『パンケーキ』ブームの火付け役になったと言われているのが『エッグスンシングス』なのだ。

エッグスンシングスを立ち上げた時も“現場が一番大切”と松田公太は話している。

現場で共に働く中で、新しいコンセプトを立ち上げていく。ベーシックなものはあったが、マニュアルとかもなかった状態で、共に考えたものをどんどんブラッシュアップしていく。全国展開にはそのような考え方が重要になってくる。特に、現場の考え方やどのような気持ちで取り組んでいるのかが凄く重要になってくると語る彼。

確かに、トップダウンだけの経営では現場の士気が下がる傾向にある。

松田公太はアルバイトや正社員などの区別を作らず、色々な意見を言いやすい雰囲気作りをし、風通しの良い組織を目指した。

組織は人で作られている。その人を大切にする事は当たり前だが、実際にはできていない組織も少なくはない。

そんな中、松田公太は理想を現実とすべく情熱をもって日々働いていた。

その行動が現在の彼の実績として目に見える形となり、『松田公太』という人物を作り上げているのだ。

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松田公太が綴る想い!彼の著書から学ぶべきものとは!?

出典http://koutamatsuda.com/profile/

様々な経験をしてきた松田公太。

そんな彼が書籍について解説することにしよう。

彼はこれまで、いつくかの書籍を発売している。

・『すべては一杯のコーヒーから』(2005年4月発売 文庫)

・『仕事は5年でやめなさい』(2008年6月発行 単行本)

・『チャンスをつかむ人、ピンチをつかむ人』(2010年6月発行 単行本)

・『愚か者』(2016年1月発行 単行本)

以上の著書の中で、私が最も印象的だったのは『仕事は5年でやめなさい』である。

この本では松田公太の考え方や目的を達成する為の具体的な行動について書かれている。

『目的』『目標』は言葉としては似ているが、全く異なるもの。

目的を達成するため目標を定める。それを愚直に実行してきたからこそ現在の彼がある。

“5年”という期間で時間軸を区切る事で、その時々をより真剣に生きることができ、それによって目的の達成に近づけると彼は考えている。

 

『NO FUN NO GAIN!』松田公太の“成功への哲学”とは!?

出典https://saitomo0908.com/seijika/7534/

松田公太が掲げる夢とは!?

松田公太は『食を通じて文化の架け橋になること』『食文化を通じて世界中の国々がお互いを理解し、尊重し、そしてひとつになる』事が夢だと語っている。

その夢の実現の為に大切な事は“自分がいいと思ったものを信じる”という事だ。

多くの期間を海外で過ごし、各国の食文化に触れ、食の大切さや素晴らしさを体験してきた松田公太。

そんな彼だからこそ「これは絶対に食べてもらいたいな」と思ったものは情熱を持って訴える事ができる。それが重要なことだと語っている。

 

【逆の発想】松田公太の考え方とは!?

タリーズコーヒー1号店は、その当時すでに世界で1000店舗以上ある「スターバックスコーヒー」とは違い、雑居ビルの1階と地下の小さなスペースで開店した。

彼はまともに戦っても勝てないと考え、スターバックスコーヒーとはの戦略を立てた。

それは“ほとんど人通りのない立地を選ぶ”ことだった。

通行人は少なく、ほとんどがビジネスマンやOLで、近隣には中・小型のオフィス群があったという。

彼はそのような人達をリピーターとして取り込めば成功すると考えた。

“物事は両サイドから見てみないとわからない”と語る松田公太。

彼の読みは見事的中し、その立地条件で開いた2号店は大成功を収めた。特に、テイクアウトでの売上が高く、銀座店と変わらない売上になったという。

その後、日本のコーヒー業界にはなかった“テイクアウト専門店”をビルの中で展開した松田公太。それも見事に当たり、1日1000人が訪れる繁盛店になった。

彼は「思わぬところにこショップができ、皆さんがちょっとずつ幸せになる事が嬉しかった」と話している。

 

“NO FUN NO GAIN!”松田公太が伝えたい事とは!?

多くの偉業を成し遂げてきた松田公太。

そんな彼が大切にしている事が“NO FUN NO GAIN”だ。

これは「楽しみながら成長しましょう」という意味の言葉である。

元々は、アメリカの映画俳優『アーノルド・シュワルツェネッガー』がボディビルの時代に「NO PAIN NO GAIN!」と表現していた言葉で、“痛みを伴わないと成果は得られない”という意味を持っている。

松田公太はPAINがある上で、それをFUNに変えて使っている。

人は限界を超えると、逆に楽しくなると言う。

彼はサッカー部に所属していた時、100mを何回もダッシュするインターバルトレーニングを経験し、あまりに辛くて、途中でおかしくなり、それを超えると“ハイ”になり、逆にトレーニングが楽しくなったという。

その経験があったからこそ、苦しい事でもある一線を越えてしまえば、楽しみながら成長できるという確信を得たのである。

人は皆何かと戦っている。

しなければならない事、自分がやりたい事。

何か目標を持って取り組む時、彼の言葉が後押ししてくれると私はそう感じた。

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まとめ

起業家・政治家と2つの顔を持つ松田公太。

彼が伝えたかった想い。

自分が好きなものを情熱を持って伝えていく。

その為にはどう考え、行動するべきなのか?

そんな考え方を彼から学ぶ事ができた。

どんな時も軸をブラすことなく走り続ける彼を、私は尊敬せずにはいられない。

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