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【岡平健治】投資や印税で収入が凄い!元『19』の彼の現在とその哲学とは!?

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こんばんは、akiraです。

あなたは常日頃、まわりの人達にどのような思いで接していますか?

人生で成功を収める事とは、どういった事なのでしょうか。

今回、ご紹介する【岡平健治】さんは自身の経験から、何が人生において大切かを教えてくれています。

早速、彼が歩んできた道を見ていきましょう。

 

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【岡平健治】元人気ボーカルユニット『19』だった彼の現在とは!?

出典https://news.livedoor.com/article/detail/16829498/

【岡平健治】

・生まれ:1979年3月28日(40歳)

・出身地:広島県

・肩書:ミュージシャン、実業家

岡平健治さんは、高校3年生の夏にティーンズミュージックフェスティバルで岩瀬健吾さんと出会い、イラストレーターの326(みつる)さんを加え、1998年『19』を結成。

その後、11月21日に「あの青をこえて」でデビュー。

1999年は『あの紙ヒコーキ くもり空わって』が大ヒット。NHK紅白歌合戦にも出場。

3rdシングル『すべてへ』はオリコンチャート1位を記録。それを機に326(みつる)さんが脱退。2人で『19』を続けていく事になりました。

2000年には5thシングル『水・陸・そら、無限大』がシドニーオリンピック日本代表選手公式応援ソングとして採用されました。

その後、2002年3月『19』は解散。

現在、彼は音楽事業やアパート経営、飲食店経営など、多方面で活躍を見せています。そんな岡平健治さんは自社ビルまで建てているといいます。

自社ビル内に作ったライブハウスを併用したバーの経営などもあり、彼の年商は2億円にも上ります。

堅実な経営を続けている彼は、銀行からの信頼も厚く、更に多額の融資を受けることが出来ています。

その融資により、レバレッジがかかり、彼は更に大きな投資ができ、現在の成功を収めました。

 

印税が凄い!?岡平健治が決断した事とは!?

出典https://www.barks.jp/news/?id=1000045199

人気絶頂だった『19』が何故、解散に至ったのか。

その理由は「30%が音楽性の違い、残り70%は周りの取り巻く環境から抜け出したかった」と話している岡平健治さん。

中居正広さんがMCを務めるTV番組『うたばん』で、彼は次のように語っています。

『デビュー後、200万枚くらいの時は印税が入らなかった。そういう契約をされていた』と。

200万枚といえば2.5億円程の収入になる計算です。

その当時、売れていても売れていなくても給料を貰える契約をしていた岡平健治さん。200万枚もの大ヒットを飛ばしていても「家賃1万8000円、風呂なし、共同トイレ」の生活を送っていた事に中居正広さんをはじめ、その収録に参加していた一般人は騒然となったといいます。

そのような経緯もあり、岡平健治さんは3rdシングルの『すべてへ』から契約を“歩合制”に変更する決断をしました。

その結果、月収5000万円もの大金が彼にもたらされたのです。

印税とは、それほど大きな資産。

印税に限らず、真実を知っているか、知らないかで大きく人生は変わります。

情報そのものが生き方を大きく左右する事になり兼ねない事を、彼は教えてくれたのです。

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経営者【岡平健治】の現在の年収に迫る!

出典https://matome.naver.jp/odai/2140538251855721801

デビュー当時、月収10万円だった彼の現在の年収は一体どれ程のものなのだろうか。

彼は現在、音楽事業、アパート経営、駐車場経営、飲食店経営など様々な事業を展開し収入を得ています。

更に、自社ビル内に作ったライブハウスを併設したバーでは年商2億円の収益を得ているといいます。

2017年9月28日ぼTV番組「バイキング」でその真意を語っている岡平健治さん。

その番組内で彼は、年収4億円、資産7億円と話しています。

彼は元々、音楽で食べていくのは難しいと考えていました。そこで、株式投資や外貨投資を始めていたと語っています。

岡平健治さんは経済や地歴・公民といった分野の勉強が好きでした。

そんな彼だからこそ“投資”の分野には向いていたのかも知れませんね。

 

“投資”で大当たり!?その真実とは!?

ブレイクした当時、岡平健治さんが住んでいたマンションには「お母ちゃん」と呼ぶほど親しい大家さんがいたといいます。

その大家さんは資産家で、投資に関して詳しい人でした。

彼は5000万円の収入得たことを大家さんに伝えると、その大家さんは「私が預かる」と言い、全額を預けたと話す岡平健治さん。

それから『19』を解散し、大家さんが「これからは投資の時代だ」と彼に話した事がキッカケで、岡平健治さんは投資を始める事になりました。

リーマンショックの影響もありましたが、様々な投資を行っていた彼は、手元に2億円の資金が残り、それを元手に現在も継続している事業を行う事となりました。

その後、2010年に『Rock Ford Records』という自身の会社を立ち上げ起業家として現在もその活躍を続けているのです。

 

岡平健治が語る“仕事”に関しての哲学とは!?

出典https://news.livedoor.com/article/detail/16829498/

岡平健治さんは状況を常に冷静に捉えています。

幼少期、彼の自宅にはグランドピアノやアップライトピアノが置かれた音楽室があり、音楽の英才教育を受けて育ったといいます。“音楽のキンダーガーデン”といわれる名門幼稚園に入園した彼。音楽を聴く事も楽器を演奏する事も当たり前の毎日を過ごしたと語っています。

そんな彼は、大手レコード会社の「ビクターエンタテインメント」からスカウトされる事となります。

その結果、今まで以上に音楽にのめり込むようになった岡平健治さん。

1999年『あの紙ヒコーキ くもり空わって』が大ヒット。

そんな時も彼は「これは自分たちの実力じゃない、レコード会社や事務所の人達のサポートがあってこそのラッキーに過ぎないんだ」と自身を客観的に見ていたと話しています。

そんな彼の根底には『どんなに実力があっても売れるとは限らない』という考えがありました。幼少期から音楽業界に身を置き、厳しい現実を見てきた彼だからこそ“周りに対する感謝の気持を忘れることはなかった”のです。

岡平健治さんは現在、様々な事情を手掛ける経営者です。

そんな彼の仕事に対する哲学とは『誰に対しても誠実に愛情を持って接すれば、目の前の景色が変わる』という考え方です。

音楽活動を通して、彼は沢山のスタッフと仕事をしてきました。

はじめて会う音響さんやカメラマンさんと仕事をする機会も多く、気持ち億働いてもらうためには短時間で良好な人間関係を築く必要があります。そんな時は“自分から誠実に向き合う”ことで相手も心を開いてくれたと語る岡平健治さん。

更に彼は『広い視野で世の中を見渡して、皆どこかで繋がっているという事』に気付いたと話しています。

“生きている限り、誰とどこで接点が生まれるかはわからない。生きている以上は皆支え合っている。そう考えれば“誰に対しても誠実に愛情を持って接すれば、目の前の景色が変わる”と岡平健治さんは考えている。

そんな考えの彼だからこそ、現在の成功を手にしてこれたのです。

 

まとめ

今回は岡平健治に関してお話しさせて頂いたが、いかがだったでしょうか。

彼は若くして成功を収め、その道中の中、現在は実業家としても成功を収めています。

岡平健治さんはいつ、どんな時も周りの人の気持を考え、謙虚な姿勢で行動してきました。

そんな彼だからこそ、周りの人が応援し、現在の彼の成功へと繋がっているのです。

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